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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和50年(ネ)110号 判決 1977年1月26日

控訴人

山本洋子

右訴訟代理人

塩谷脩

被控訴人

山本努

主文

原判決を取消す。

控訴人と被控訴人を離婚する。

控訴人と被控訴人との間の長男俊(昭和四四年七月六日生)の親権者を控訴人と定める。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の陳述並びに証拠の関係は、控訴代理人並びに被控訴人においてそれぞれ後記のとおり主張し、控訴代理人において当審における鑑定の結果を援用したほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人の主張)

1  当審の鑑定結果によれば医学上精神分裂病に属し中等度の欠陥状態にあるという。ところで、民法七七〇条一項四号にいう強度の精神病とは、民法七五二条にいう夫婦の協力扶助義務を果すことができない程度の精神病を意味し、必ずしも精神的死亡にまで達していることを要しないものと解すべきである。精神病に罹患している配偶者が右協力扶助の義務を果すため夫婦の分業を維持し継続して行く能力を欠く場合は強度の精神病に該当することは明かで、被控訴人は昭和三九年ごろ発病後すでに六年八ケ月にわたり入院し、その間控訴人は被控訴人からの協力扶助をうけるによしなく、被控訴人は夫としての分業を維持し継続することはできなかつたものである。

また、強度の精神病は同法七七〇条一項四号後段の回復の見込がないときとの関係において理解さるべきものである。婚姻は単なる愛情共同体ではなく同時に生活協同体であるのにかゝわらず、配偶者の一方が精神病のために分業上の役割を果すことができないため他方の配偶者にとつて婚姻が耐えがたい拘束となつてしまつた場合にはその婚姻はもはや法律の保護を受けるに値いしないものというべく、強度の精神病とは回復の見込の有無さらには入院期間、治療期間、再発の回数などから法的に判断されねばならない。

これを本件において見るに前記鑑定結果によれば発病以来一二年を経過してなお精神分裂病の欠陥状態は治癒に至らず、現在も欠陥状態のまゝ病状は固定し、再発のおそれも存するのみでなく、完全回復の見込はなく、現状のまま家庭に復帰した場合には家庭生活の維持に相当の制限が加えられることが認められるのであるから、被控訴人は夫婦の分業を維持することができず、いわゆる強度の精神病にかかり回復の見込がない場合に該当するというべきである。

2  被控訴人は将来においても監護者を必要とし、また、服薬を継続して初めて補助的な仕事をすることができる程度の回復が予想されるのでああるから、到底一家の柱として妻子を扶養し婚姻生活を継続することは困難である。

他方、控訴人は資産なく実家の扶助を受けてようやく自らの生計を立て、長男俊を養育しているからその生活には全く余裕がないのに反し、被控訴人は金沢市内に土地建物を所有し、これを他に賃貸しており、その賃料は入院中の小使い費用にあてることができるのであるから、今後も生活保護法による医療扶助を受けることにより療養を続けることは可能である。

3  かりに被控訴人が強度の精神病にかゝり、回復の見込みがない場合に該当しないとしても本件が民法七七〇条一項五号に該当することは明らかである。

被控訴人は昭和四〇年ごろすでに精神分裂病と診断され数ケ月間入院加療していたのにかかわらず、控訴人との婚姻に際しては右事実を秘匿して告げず、婚姻後は失業中であるのに高価なカメラを購入するなどして家計を困難ならしめ、妻子を窮迫のどん底に追い込んでかえり見ず、その後も精神病のため入院加療を続けて夫としての扶養義務を果たしておらない事実と将来においても被控訴人の精神病が回復される見込みが少なく、現在においては控訴人はすでに被控訴人に対し一片の愛情も有していないのであるから、これらの事情を綜合すれば本件は婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合にあたるというべきである。

(被控訴人の主張)

被控訴人は現在入院中であるが右疾患は不治でもなければ強度の精神病でもなく、単に軽度の精神疾患であつて再発のおそれがあるため親族のすすめもあり完全治療を目指して入院加療しているというに過ぎない。そして、近日退院の上は熟練の旋盤工としての腕を生かし社会人として復帰し、夫として父としての義務を完全に果すべく堅く決意しているものである。

控訴人は被控訴人の精神病を離婚原因として主張しているが、精神病は被控訴人の責に帰すべき事由に基づくものではないし、被控訴人は現在なお控訴人に対し夫婦としての深い愛情を抱いているのであるから、右入院の一事をもつてその意に反する離婚を強制さるべきものではない。

かりに、控訴人主張のとおり従来の婚姻生活中被控訴人の行状に若干責められるべき点があつたとしても、前記のとおり被控訴人に社会生活復帰の見込があり、かつ控訴人との婚姻生活継続を熱望していること、また控訴人との間に生れた長男俊の存することなどの事情を綜合すれば、本件請求は当然棄却さるべきものと確信する。

理由

一<証拠>によれば次の事実を認めることができる。

1  控訴人と被控訴人は昭和四三年六月二三日婚姻届出を了した夫婦であつて、そのころから昭和四五年一月一三日まで同棲しその間昭和四四年七月六日長男俊が出生した。

2  被控訴人は幼くして父を失い母が再婚したため祖母に養育され長じて山田鉄工所で働くうち昭和三六年ごろ作業中鉄屑が目に入つて痛むと称して退職したが目には何らの異状もないことが明らかとなつた。その後被控訴人は精神科医の治療を受けたが、昭和三七年からは野田鉄工所に勤務し、ついで昭和四〇年ごろ精神分裂病と診断されて金沢市内の○○病院に約四ケ月間入院加療していたこともあつた。その後昭和四一年ごろからは同市内の森田製作所で稼働し、昭和四三年には控訴人と見合いで前記のとおり婚姻するに至つたが、その際控訴人は被控訴人の前記病歴については何ら知らされていなかつた。

3  被控訴人と控訴人は婚姻後被控訴人所有の金沢市○○町ト二七番地所在の二階家で世帯をもち、被控訴人の祖母と同居していた。昭和四四年二月には右祖母が死亡した。被控訴人は同年一二月ごろ仕事の誤りが多く作業にもムラがあるなどの理由で勤務先を解雇されたが、その後就職の見込みがないのにかゝわらず、中古自動車や高価なカメラを買込んだりし、ようやく就職しても永つゞきせずに退職し、家計をかえり見ようとしないので、控訴人は被控訴人の反省を促す意味で別居を決意し、昭和四五年一月一三日実姉のもとに身を寄せた。ついで控訴人はその善後策を協議するため参集した親族らのうち被控訴人の叔父で親代りをしていた訴外金沢三四郎から被控訴人の前記病歴を聞き、被控訴人の所作にはその再発に基づくものがあるのではないかと考え、こゝに控訴人は被控訴人と離婚することを決意し、表明し、右親族らもやむをえないこととして、控訴人の離婚に反対するものはなかつた。

ついで同年二月二日被控訴人は再び精神分裂病と診断され、以来現在に至るまで入院加療を続けている。

4  控訴人は右入院後は働らきに出ていたが、同年六月には長男俊を連れて実家に戻り就職して月収五、六万円をえて母子二人の生計を立て、被控訴人のもとに復帰する意思を全く有していない。

5  被控訴人は同年二月入院の当初は控訴人からの離婚の申出を一たん承諾したものの、その後右は脅迫によるから取消すといい、或いは離婚すると世間体が悪いなどといつて離婚を拒否している。

6  なお、被控訴人は金沢市内に前記居宅と納屋とその敷地及び約一〇〇坪の畑を所有しており、その一部を他に賃貸して賃料をその小使銭に充てている。

以上の事実が認められこれに反する証拠はない。

二つぎに控訴人は被控訴人が強度の精神病にかかり回復の見込がないと主張するので判断する。

<証拠等>をあわせると被控訴人の病状は次のとおり認められる。

被控訴人の意識、見当識、記銘、記憶力に異常なく、知的な面でも異常性は発見できず、幻覚、妄想などの異常体験も認められない。しかし、その感情表出は不自然であり感情鈍麻も認められる。思考の面ではいわゆる滅裂思考などの異常思考は認められないが思考過程、内容は全体に柔軟性に欠け判断は不適確で独善的傾向が強い。意思行為の面では前記感情鈍麻、思考偏倚を反映して軽度の意欲減退、自閉性が認められる。これらを綜合すると被控訴人は人格の統一性の損われたいわゆる欠陥状態にあるものというべきであるが、それは中等度であり、加療によりこのところ病勢は停止し固定した状態をつゞけ、今後も通院加療を必要とするが必ずしも入院を要しないものである。

しかし、被控訴人の右欠陥状態が今後消失して回復する見込はなく、かえつて再発のおそれがあり、現在の状態で社会に復帰した場合には家庭生活の維持及び職業選択のうえで相当の制約があることが予想され、家族の暖かい協力なくして右社会復帰は考えられない。

ところで民法七七〇条一項四号にいう「強度の精神病」とは精神病の配偶者が夫婦相互の幸福を求め、結婚生活に協力し、また、子供の肉体的精神的道徳的発育に対処できる能力を有しているか否か、換言すれば、民法七五二条にいわゆる夫婦相互の協力扶助の義務を果すことができない程度の精神障害に達している場合をいうものと解するを相当とするから、前段認定の被控訴人の精神障害をもつて強度の精神病とはいまだ解しがたいものといわざるをえない。

したがつて被控訴人が民法七七〇条一項四号に該当するとする請求はこれを認容することができない。

三さらに控訴人は婚姻を継続し難い重大な事由があると主張するので判断する。

前認認定の婚姻の経過によれば、控訴人は被控訴人と婚姻した当初一年半程同居し、その間に長男俊が出生したが、その後昭和四五年一月被控訴人の生活態度についての反省を求める意味で被控訴人方を出て実姉の許に身をよせ、ついで被控訴人、控訴人間の別居生活を心配した親戚の人達がその善後策を講ずるため参集した席で訴外金沢三四郎から被控訴人に精神病歴のあることを聞き、被控訴人の非常識な所作は精神病によるものと考えて離婚を決意し、それを表明し、参集の親族らもやむをえないものと考えて反対するものがなかつた。その後同年二月には被控訴人は精神分裂症と診断されて再度入院してそのまま現在に至つているが、被控訴人は右入院の当初控訴人の離婚の決意を知り、その申出を一度は承諾していた。そのため控訴人は当然離婚できるものと考え、同年六月からは長男俊をつれて実家に戻り、以来就職して月収五、六万円をえて母子の生計をたて、被控訴人の許へ復帰する意向を全然有しておらないものと判断する。

そうすると控訴人と被控訴人間の別居生活はすでに六年有余に及び、また、原審における控訴人(第一回)、被控訴人各本人尋問の結果<証拠>によるとその間両名間の交流は控訴人が二回にわたつて被控訴人を入院先に訪れて離婚の承諾を求めただけであつたことが認められ、両名とも経済的には別個独立の生活を営み、互に協力扶助したことはなく、そして控訴人は被控訴人との婚姻を継続せんとする意思を全く有しなかつたのであるから、客観的には本件婚姻はすでに破綻しているものと認められる。

もつとも被控訴人はなお控訴人との婚姻継続を望んでおり、それは両名の間に長男俊がありながら長男とも離れて孤独な療養生活を送つている被控訴人の心情として無理からぬところである。他方、控訴人としても仮りに被控訴人の精神病が寛解し退院して社会復帰が許される場合にも被控訴人の所作に常規を逸するごときものがなくなるとの保証もないのみでなく、被控訴人からは一たん離婚の承諾を得、これを信じて独立自活の方途を講じて今日に至つたものであることを考えれば、控訴人に対しこれ以上の犠牲を求めることとなる本件婚姻の継続を強いることは酷であるといわなければならない。

被控訴人らの親族が控訴人との離婚に反対しなかつたことや被控訴人が一時的にもせよ離婚を承諾したことは右認定を裏づけるものであり、さらに被控訴人が現在の療養生活を今後継続するうえにおいて離婚が特段の支障となることも認められないのであるから、これら諸事情をあわせ考えると本件婚姻にはこれを継続し難い事由があるといわざるを得ない。

四そして被控訴人と控訴人間の長男俊は現在に至るまですでに久しく控訴人のもとにあり、将来も控訴人をしてその養育監護に当らしめることが相当であるから離婚後における親権者を控訴人と指定すべきである。

五以上の次第で控訴人の本件請求は正当であつてこれを認容すべきものであり、これと所論を異にする原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから原判決を取消し、被控訴人と控訴人を離婚し、長男俊の親権者を控訴人と指定することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九六条八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(西岡悌次 富川秀秋 横山義夫)

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